小石川周辺たてものめぐり「求道会館」
2016.05.06

小石川周辺たてものめぐり「求道会館」

多くの古い建物が残っている本郷。中でも名品中の名品といえるのが求道会館(きゅうどうかいかん)です。京都大学の建築学科を率いた建築家武田五一(たけだごいち・1872~1938)が東京に残した数少ない作品の一つで、建物鑑賞の楽しさが詰まっています。

堂内
堂内

進取の気性に富んだ宗教家、近角常観

この建物は、浄土真宗の僧侶、近角常観(ちかずみじょうかん・1870~1941)が自身の説法場として建てたものです。近角は三年に渡り欧米での宗教事情を視察し、檀家制に守られ閉じた日本の仏教界とは全く違う、社会に根ざした多様な活動を行うキリスト教教会の姿に衝撃を受け、帰国すると本郷のこの地に学生寮を開き、キリスト教のような日曜講話を始めます。この講話はたいへん好評で、狭い学生寮には収まらなくなり、新たな集会所を建てることなりました。これが本作です。

近角と武田の出会い

一方の武田は、東大で教えられる建築学には満足できず、最先端を求めて欧州に渡り、従来の様式から脱却しようとするセセッションなどに薫陶を受けて帰国、そして近角に出会います。年齢も近い二人は意気投合、近角の集会所を近代建築として建てることになりました。なお、武田は広島県福山の出身という縁で西片(福山藩主阿部家の屋敷があった)に住んでいて、本郷はごく近所だったようです。

本作の設計依頼は1903年ですが、檀家を持たない近角が建設費集めに苦労したこともあり、設計完了は12年後の1915年になってしまいます。この間に武田は一介の若手建築家から日本を代表する大家に成長していましたが、本作は部下に任せず自ら設計したといいます。

型破りな建築デザイン

求道会館のデザインは仏教とは思えない型破りなものです。外観はレンガ積みの洋風で、内部に入ると教会のようにベンチが並びますが、その先にはいかにも仏教的な白木の六角堂。近角は武田に「この会館はキリスト教の会堂のように見えても困るが、従来のお寺のように見えても困る。また普通のレンガ造りでも困る。」と語ったといい、武田はこの難しい課題にみごとに答えてみせました。

求道会館の外観
求道会館の外観

会堂の基本的なスタイルは教会に似せていますが、これは従来の様式にこだわるのではなく、説法に最適な空間という機能優先でデザインする武田の意図と解釈でき、機能が先に立つ合理的な近代建築らしいアプローチといえます。一方で、デザイン上必要な装飾はしっかりと施していて、一切の装飾を排する後世のモダニズムとは一線を画しています。

保存修復、そして現在

1915年に竣工した求道会館は説法の場として使われましたが、近角常観やその親族が相次いで没すると使用されなくなり、50年もの長期に渡り空家となってしまいます。東京都の文化財指定を受けたことで保存修復工事が行われ(1996~2002年)、往時の姿を取り戻し現在に至っています。

建物をめぐる

では、実際に建物内をめぐってみましょう。毎月1回公開日があるので誰でも見学することができます。

室内に鎮座する六角堂は、浄土真宗の祖である親鸞上人が修行した場という故事に由来するそうです。お堂の背後にはピンクと黄色の漆喰が塗られ、アーチ模様は阿弥陀如来の慈光の表現と推測できます。

六角堂を背負って説法する。
六角堂を背負って説法する。

室内に並ぶベンチも武田がデザインしたオリジナルで、仏教的な蓮の花がモチーフ。百年前のものとは思えないほどきれいに残っています。二階の床を支える柱は鉄製。武田は近代建築らしく鉄を使おうとしたものの適当な材料を調達できず、手に入りやすいガス管を柱として使ったそうです。

ガス管を使った鉄柱。ベンチもオリジナル
ガス管を使った鉄柱。ベンチもオリジナル

二階のステンドグラスは仏教ゆかりの菩提樹をあしらったもので、武田によるデザイン。二階席の高欄は「卍」のマークが装飾的に使われていますが、これは職人が鉄板を一つ一つ曲げて手作りしたもの。こういった手作り感も、現代の建物には見られない鑑賞ポイントの一つですね。

高欄には卍の文字があしらわれている。
高欄には卍の文字があしらわれている。

頭上を覆う小屋組も必見。これは木材をボルトで留めた当時最新の工法で、武田が万博の日本館建設のため渡米した際に各国パビリオンを見聞し、急遽設計変更の指示を出したものといいます。材の8割は当初のまま。

屋根裏の小屋組
屋根裏の小屋組

じっくりと鑑賞したい逸品

従来の仏教の枠にとらわれない近角の行動力、近代建築の旗手として活躍した武田五一、現在ではあまり見ることのなくなった職人たちの技の数々、さらに本作を未来に残そうと活動した人々の思いが合わさって、この名建築が今に残されています。

本郷に残る見学可能な近代建築では、東大と並んで間違いなく最高の逸品です。毎月第4土曜日の13時~14時半が一般公開日となっていて、解説付きで見学することができるので、お散歩がてら出かけてみてはいかがでしょうか。

漆喰を使った装飾。職人技が光る。
漆喰を使った装飾。職人技が光る。

 

[たてもの INFO]

  • 名称: 求道会館(東京都指定有形文化財)
  • 所在: 東京都文京区本郷6-20-5
  • 竣工: 1915年(修復完了2002年)
  • 設計: 武田五一
  • 見学に関する情報は求道会館のホームページをご覧ください。