小石川周辺たてものめぐり「小石川植物園本館」
2016.04.26

小石川周辺たてものめぐり「小石川植物園本館」

小石川植物園の広大な緑地のただ中に建っている研究施設。植物園を訪れる人たちは、みな素通りしていきますが、素通りするには惜しい建物です。同じ敷地にある旧東京医学校本館のような分かりやすい歴史性はないものの、docomomo Japan が日本の重要なモダニズム建築として選定している、なかなかの逸品なのです。

人々がこの本館前を素通りしていく原因の一つに配置があります。たとえば園内の温室は、いかにも西欧風な左右対称で幾何学的な庭園の中に十分な引きをもったランドマークとして計画されていて、思わずカメラを向けたくなります。でもこの本館は、正門から丘を登って視界が開ける直前に、わざわざ道に背を向ける形で建っているので、印象に残りにくいように思えます。もし桜並木の正面にどーんと建っていたらずいぶんと印象もちがっていたでしょう。

左右対称の”構え”を作りつつも、今の正門には背を向けている。
左右対称の”構え”を作りつつも、今の正門には背を向けている。

本館を設計した建築家は内田祥三といい、東京大学の建築学科を率いて東大総長も務めた人物です。内田は安田講堂をはじめとする東大本郷キャンパスの大部分を設計していて、小石川植物園は東大の一部ですから、内田の起用は当然ともいえます。

東京大学安田講堂。内田の代表作のひとつ。垂直性が強調されている。
東京大学安田講堂。内田の代表作のひとつ。垂直性が強調されている。

でも、よく見てみると、この本館は本郷キャンパスの建物とはデザインが違います。本郷キャンパスでの内田作品は、ヨーロッパのゴシック様式の聖堂のように、上へ上へと伸びていく垂直性を強調したデザインが特徴で、尖頭アーチという特徴的・装飾的なアイコンも付くことから「内田ゴシック」と呼ばれます。一方、本館は横へ横へと伸びていき、各所に大きなヒサシが付く、水平性を強調したデザインになっていて、装飾はありません。様式重視から機能重視に転換したモダニズム建築の一種といえそうです。

特徴の解説
特徴の解説

中央にそびえる塔は、コンクリートを用いたモダニズムらしさを外観で最も感じさせるポイントです。全面が巨大な窓になっていて、片持ち階段の側面が見えます。つまりこの塔は階段そのものであり、縦動線という機能がデザインに高められています。壁面についた大時計も洗練されたモダンデザイン。ドイツのバウハウスあたりの影響を感じさせます。

庇や塔の様子。
庇や塔の様子。

一方で、本作は戦後の日本建築を席巻したル・コルビュジェ風なモダニズム建築とも違います。分かりやすいのが窓です。建物自体は水平性を強調しつつも窓は伝統的な縦長で、保守的でお堅い印象です。「お堅い印象」なのは窓だけではなく、建物自体が左右対称で、正面に列柱を伴う権威性の高いエントランスを置き、戦後のモダニズムのような開放的で近づきやすい雰囲気とは違うものとなっています。シンプルな造形の中に列柱を付けるのは、全体主義の傾向が強かったこの時代によく見られるもので、内田も世相に応じて作風を変化させていったのかもしれません。

本館が建った年代もポイントです。本作が竣工した1939年といえば、戦時の建築制限がまさに発動され建築家が軒並み失業してしまう直前にあたります。つまり戦前の建物としては一番最後のものであり、当時の状況をうかがわせる貴重な歴史資料ともいえそうです。
残念ながらこの建物は一般公開されていないので中には入れません。でも、外観をぐるりと眺めるだけで色々語れてしまうのは名作の証。こんど小石川植物園に行くことがあれば、ちょっとだけでいいので、本館の前に立ち止まって眺めてみてください。美しい花々や深い緑だけではない、植物園の深~い魅力を感じられるのではと思います。

 

[たてもの INFO]

  • 名称: 小石川植物園本館 (東京大学付属植物園本館)
  • 所在: 東京都文京区白山3丁目7番1号
  • 竣工: 1939年(昭和14年)
  • 設計: 内田祥三
  • 植物園の敷地内にあります。建物内部は非公開です。(小石川植物園のサイト